2011年10月29日 (土)

桜島の降灰に閉口しています

今年は、昨年に引き続き桜島の活動が活発で、連日降灰に悩まされる日が続いています。

 私は、南日本新聞社のメール配信サービス「桜島の爆発・降灰情報」を利用していますが、私の携帯電話には、毎日数回、多い日は一日に10数回のメールが配信されてきております。また、この配信サービスでは桜島上空の風向きによる降灰の方角や地域が示されますので、その状況に一喜一憂する日が続いております。

 特に、今日は朝からメールがひっきりなしで、しかも風向きは市内の伊敷、吉野方面となっており、窓から見ていても家の上空は灰色にかすんでおります。

 お昼頃、父の点眼薬を頂きに眼科の病院に出かけましたが、駐車場から病院までの僅かな距離でありますが、まるでさらさらと音がするかのように、灰が頭や顔に降りかかり、次の瞬間強い風が道路の端に降り積もった灰を灰色の塊のように巻き上げてしまいました。

 観光の目玉である鹿児島の誇りの桜島ではありますが、鹿児島の生活者としては、既に諦めてはおりますが、本当に閉口してしまいます。

 今のところ、桜島が沈静化する情報はありませんので、じっと我慢するより仕方がないようです。

2011年10月 6日 (木)

小沢一郎被告の初公判

 元民主党幹事長、小沢一郎被告の初公判が始まりました。

 小沢一郎被告の政治資金管理団体である「陸山会」をめぐる不明朗なカネに関する事件で、検察審査会が二度にわたって「起訴すべき」という結論を出し、強制起訴となった裁判であります。

 先日、小沢一郎氏の元秘書であった大久保隆規会計責任者、石川智裕衆議院議員、池田光智秘書の3人に、いずれも有罪の判決が出ており、3人の秘書達と小沢一郎被告と政治資金の不実記載等に関して共謀があったと断定したのであります。

 4億円という巨額の取り扱いや政治資金収支報告書に不実記載することに関して、石川智裕元秘書は検察の取調べに対して「小沢一郎被告に報告し、了承していただいた」と陳述していると言われており、小沢一郎被告が「まったく知らなかった」というのは極めて不自然であり、当然小沢一郎被告の了解を得て、巨額を動かし、政治資金報告書にも「虚偽記載」を行ったのであろうと、国民の大半が考えているということであります。さらに4億円という巨額の金の原資が不明確であることが大問題であり、この原資についての小沢被告の説明は二転三転しているのであります。

 また、元秘書達の裁判では、水谷建設からダーティーな政治献金が行われたことに加え、岩手県をはじめとする東北地方の大規模な建設工事では、小沢一郎被告の、いわゆる「天の声」は絶対であった、ということも明確に述べられております。

 小沢一郎被告は、「4億円の金は秘書達が動かしたもので、政治資金報告書も私に内緒で秘書達が勝手に記載したものであり、私は無実である」と述べ、共謀を否認し、さらに検察が「小沢一郎という政治家を抹殺しようと企てたもの以外にない」と検察批判を滔々と述べたと報道されております。

 金権政治の総大将である小沢一郎被告の裁判は、今始まったばかりで、来年1月の小沢一郎被告への質問が行われることが決定しており、国民が「政治とカネ」について、小沢一郎被告がどう釈明するのか、最大の関心注がれることになるものと言われております。

2011年10月 3日 (月)

母の精密検査の結果

 先日の26日、国立病院機構、鹿児島医療センターで、血液内科の権威であられる花田修一副院長先生に、母の骨髄液検査を行っていただきましたが、本日、その検査結果を伺うために医療センターに行きました。

 花田副院長は、検査結果について懇切丁寧に説明していただきました。母は「前白血病」であり、「造血する幹細胞の機能が著しく低下し、母の血液は白血球、赤血球。血小板、ヘモグロビンが極度に減少し、今後極度の貧血症、各機関での出血、感染症に罹患する可能性が極めて高い、危険な状態である」との説明を受けました。「幹細胞の移植は高齢のため不可能であり、発症した症状に対処していく以外にない」とも言われました。

 「極めて近い将来の『死』を覚悟してください」というショッキングな診断でありました。

 私は、眼前が真っ暗になりました。

 今後は、一層、母の看病に尽くしたいと思います。

 もう、心配性の母には告げずに、私の兄弟妹をはじめ、家族で大切に看病していくつもりです。

2011年10月 2日 (日)

急に冷え込んできました。

 つい先日までは、こんなに暑い日が9月にもあるのだろうか、と思うほど暑い日が続いておりましたが、10月の声を聞くや否や、めっきり冷え込んできました。

 朝夕、特に朝方はしっかり毛布を被っていないと寒く感じるのです。深夜でも何回も毛布を被りなおす自分に気付いています。

 日本の上空に寒気団が迫ってきているようです。

 いよいよ秋のはじまりです。

2011年9月22日 (木)

母の内視鏡検査

 一昨日、胃カメラで検査しました。私も主治医の先生の好意で検査室に入室させていただき、胃の内視鏡検査の一部始終を見させていただきましたが、どこにも異常はありませんでした。

 本日は、肝心の大腸のカメラ検査です。

 母は以前、大腸の内視鏡検査で大変な思いをしたようで、それがまるでトラウマになっているように心配しています。検査当日になってからでさえ、「できれば大腸の内視鏡検査は中止して欲しい」と言っていました。

 今回もまた検査室に入室させて頂きました。安定剤が効いているのでしょう、母は意識が朦朧としているようで、あれほど嫌がっていた内視鏡挿入にもまったく反応もせず、痛がっていません。

 肝心な大腸の検査では、大腸の最奥までカメラを入れてから、順次大腸内を隅々まで診ていただきましたが、どこにも出血や腫瘍のようなものは発見できませんでした。

 検査が終了しても、母は「もう終わったの。本当に全部見ていただいたの」とまるで信じられないように驚いていました。

 大腸にも異常が発見されなかったことはいいことですが、ではなぜ血液に異常が起こっているのか、主治医の先生の見解を伺いましたが、はっきりしないようです。血液を造っている骨髄の機能が著しく低下している以外に考えられない、ということです。

 骨髄の専門医師がいらっしゃる元国立病院の医療センター宛てに紹介状を書いていただいて精密検査をする以外にないようであります。

 26日には精密検査のために、鹿児島医療センターに行くことになりました。

2011年9月21日 (水)

怜君の笑顔

 長男の嫁から、孫の怜君の様子が頻繁にメールで送信されてきます。

 生後2ヶ月を迎え、随分しっかりした顔になり、笑顔がとっても可愛いです。

 「親馬鹿」ならぬ、「祖父母馬鹿」という言葉があるかは知りませんが、何とも言えない「いい顔」をしています。きっと美男子になることは間違いありません。

 当初は、お乳を飲む量が少なかったようですが、最近は母乳をよく飲むようになったようです。

 怜君は夜中に2~3回起きて泣くそうで、嫁さんは睡眠不足が続いているようです。すべてのお母さんが経験することとは言え、慢性の睡眠不足は大変だろうな、と思います。

 それでも嫁さんは、明るく「頑張ります」と言って、張りきって子育てに専念していますので、嬉しく思います。

 頑張れ、新米ママ!

2011年9月17日 (土)

母の容態

 母の容態急変で、両親とも入院することになりました。一週間ほどの検査入院であります。

 昨夜から、母は入院の準備をしながら、心配そうに私の来るのを待っていました。体がだるく、歩くことさえきつそうで、ゆっくり、ゆっくりしか歩けません。病弱な両親を車に乗せて、病院へ向かいました。

 主治医の先生に感謝しながら、両親とも入院させていただきましたが、母はさっそく様々な検査が始まりました。

 早く、血液異常の原因が特定され、治療が功を奏することを願うばかりです。

2011年9月16日 (金)

母、緊急入院へ

 今朝、母が目まいがすると言うので、かかりつけの先生に電話をし、「病院に診察に来てください」ということで、さっそく連れて行きました。

 血液検査をして頂いたら、驚いたことに「ヘモグロビンや血小板が異常に減少している」ということで、取り敢えず緊急輸血が必要になり、朝9時に病院に行きましたが、様々な検査が終了したのは、何と夕方の6時でした。

 しかも、明日から入院ということになりました。

 母は「私が入院したら、父を看病、介護することが出来なくなる、どうしよう」と悩んでいました。

 介護支援センターの方に報告、相談し、父がショートステイする手続きを取ることも検討しましたが、病院の主治医の先生に相談し、長年糖尿病を患っている父も糖尿病の治療ということで、同じ病院に入院させていただくことになりました。本当にいつもお世話になっている主治医の先生には感謝、感謝であります。

 それにしても、母の血液異常は何に起因しているのか、どうしたら正常になるのか、入院してしっかり検査していただく以外にありませんが、心配です。

2011年9月 1日 (木)

父の白内障手術

 先日、父が「目が霞んで見える、特に右眼は灰色状のモヤモヤがあって大変見えにくい」と言うのです。

 「目が霞むから眼鏡を替えに行きたい」ということで眼鏡店に行き、視力検査をしていただきました。しかし、矯正レンズを挿入しても、さほど視力度が上がらないので、「目に異常があるのかも知れない」と言われて急遽眼科に行くことにしました。

 眼科で診察していただくと、「白内障がかなり進んでいる。すぐ手術しないと手遅れになってしまう」ということで本日の白内障手術になった次第です。

 朝、8時までに病院に連れて行くには、私は6時に起きて、両親の住んでいる星ヶ峯まで迎えに行って、眼科のある市役所の近くまで連れて行かなければなりません。朝の渋滞も少しありましたが、予定通り病院に着くことが出来ました。

 手術の準備のために瞳孔を開く薬を点眼するのですが、糖尿病や前立腺症のせいもあり、なかなか瞳孔が開いてくれません。

 手術は他の人よりも少し長くかかりましたが、15分ほどで無事終了しました。手術室から出てきた父の右目には、仰々しい程の包帯状の眼帯が取り付けられており、痛々しい感じがしましたが、この手術で白内障が完治するのであれば我慢する以外にないな、と納得しました。

 明日から一週間ほど、毎日病院に行って手術の経過観察と治療を余儀なくされることになります。さらに左眼の手術がありますので、都合2週間以上の眼科通いになります。

 さらに父が灰色のムヤモヤが見えると言っていたのは、糖尿病性の網膜出血の影響のようで、両眼の白内障手術が終了し、安定したら、この網膜出血の治療が始まります。

 この網膜出血の治療のほうが白内障よりも厄介であるとのことでありますので、当分眼科通いが続くことになります。

2011年8月29日 (月)

闇将軍復活ならず、野田佳彦氏が次期総理に!

 本日の民主党代表戦は、「当選圏外」(渡部恒三氏)とさえ評された野田佳彦財務相が、最大勢力を擁する小沢一郎元代表の支援を受けた海江田万里経産相を決選投票で逆転勝ちして当選を果たしました。

 党員資格停止中の小沢一郎氏にとって、今回の代表戦は「闇将軍復権」に向けた正念場であったと言われております。

 小沢氏は最初に、藤井裕久元財務省に打診し、次に興石東参院議員会長、また西岡武夫参院議長にも打診したが、固辞され、結局は仕方なく、海江田氏の支持に落ち着いたと言われております。

 小沢氏の焦りにも似た「小沢傀儡政権構想」は結局は失敗してしまったのであります。

 さらに、決定的だったのは、小沢氏は他人の懐に手を突っ込み、引きずり出すいう禁じ手の荒業をまたもや、やらかしてしまいました。鹿野道彦陣営からの引き抜きに躍起になり、そのあまりのダーティーさに大きな反感を買い、決選投票では反小沢(反海江田)で、鹿野陣営の52票の大半が野田氏に投票したことが小沢戦略の挫折につながったと言われております。

 策士が策に溺れて惨敗してしまったのであります。

 小沢氏は、これで、直接、間接の代表戦で3連敗したことになります。

 また、野田氏を除く各候補は、臆面もなく、党員資格停止中の議員である小沢氏を詣でる「小沢詣で」を行い、票を欲しがり、国民の感情からは乖離している民主党の首相候補者達の行状から、「『国民の生活が第一』というキャッチフレーズは掲げながらも、相変わらず国民はそっちのけで、数合わせに終始する民主党に希望と明日は無い」ことを如実に示しました。

 野田氏は自らを「どじょう」に例えて、泥臭い政治に邁進すると訴えましたが、寄せ集めの上に、埋めがたい溝がさらに深刻化している民主党の新しいリーダーとしての手腕が問われるところであります。

 いみじくも野田氏は「ノーサイド」を宣言しましたが、評論家の多くは「親小沢と反小沢」の構図は、今回の代表選を見る限り、依然として継続されると見ているようで、いつになったら日本の政治は、民主党の政治は「怨念」の域を抜けることが出来るようになるのでしょうか。

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